蕎麦もやしで恥かく


12年前の6月13日掲載のブログを再掲載します。




6月13日(2010年)




蕎麦もやしで恥かく




50年ほど前のテレビコマーシャルに『ソクラテスが言いました。知らないとは恐ろしい事である。ところで貴方はバヤオレンジジュースを知っていますか?』と言うのが有りましたが、今回このことを実感しました。




カイワレ大根の発芽も、蕎麦もやしの発芽も同じ形態で行われる、と何人かの人に指摘されました。種から出た芽は殻をかぶったまま伸びてゆき、二葉が出る時殻を落とす様です。




正に知らないとは恐ろしい事で、小学校でおこなっていたヒヤシンスの水栽培しか知らない自分でしたので、誠に恥ずかしい思いです。64歳にしてまた一つ勉強に成りました。




今晩出来た「蕎麦もやし」を試食します。「蕎麦もやし」を作る時は種をもっと密集したほうが良いと聞いたので、次回はその様にしてみます。





「蕎麦もやし」続


12年前の6月5日掲載のブログを再掲載します。




6月5日(2010年)




「蕎麦もやし」




3日間留守をしていたら、凄い事に成っていた。まず日に向かって斜めに育っていた。それと最初に出てきたのが根だった事が判った。つまり根の元(玄蕎麦)がそのまま上に育って芽に育っていたからだ。八百屋で買ってくるカイワレ大根などは殻が根の方にあるが、そばでは殻は最初の葉に被さっていることが分かった。写真のとおりカイワレ大根とは反対に殻は葉の方に被さっている。自分としては大発見である。何も知らずに挑戦してみて初めて蕎麦の育ち方を知ることが出来た。









「蕎麦もやし」3日目


12年まえの6月2日掲載のブログを再掲載します。




6月2日(2010年)




「蕎麦もやし」3日目




3日目の写真です。全然発芽しないのが結構確認されます。このまま発芽しないのか?しないとしたら歩留まりが良くないようですね。アップで見ると発芽しているのは全部が下の方に向かって出ていて、上の方には向かっていません。だからこれは根が出てきて、未だ芽の方は出ていないのかも。




芽の方はどこから出てくるのかなぁー。このブログを読んでこの事を知っている人はじれったいでしょうけど、僕は初めてで知らないから、これからどんな変化が有るのかと楽しみです。









12年前の5月31日掲載のブログを再掲載します。


12年前の5月31日掲載のブログを再掲載します。




5月31日(2010年)




数粒玄蕎麦の根?芽?が出た。




朝見たら写真に写っている数粒の根?芽?が出ていました。遥か昔教わった記憶では根が出てから、芽が出る、だったと思う。




自分にとって小学校でのヒヤシンス水栽培以来の事で何も判らず、経過を追えばずれ判別するでしょう。誰かにこの事を聞けば判る事でしょうが、自分で観察しながら『そうだったのか』の方がもっと楽しそうなので、このまま続けます。以上報告。





「蕎麦もやし」


12年前未だそば打ちを始め初めて間もない頃、何も解らないまま「蕎麦もやし」を自分で作り始めました。その頃5回に渡りブログに「蕎麦もやし」の経過報告を掲載して有りましたので、再度掲載したいと思います。




先ずは12年前の5月30日掲載のブログを再掲載します。




5月30日(2010年)




口蹄疫で暫く中止




西都市の三財公民館の調理室を借り受け毎月第2と第4土曜日、又それぞれ翌日の日曜と計四回そば打ち仲間8名による勉強会を行って一年に成ろうとしている。だが先週は口蹄疫で中止、おそらく当分休む様に成るだろう。自宅でも練習して居るがやはり仲間との会話を交えながらの方が楽しいものである。




「蕎麦もやし」に初挑戦




今日初めて「蕎麦もやし」に挑戦してみた。何分初めての事でスポンジのシートが無かったので、ペーパータオルを三重に敷き、水を張った上に玄蕎麦を播いただけである。今気が付き(午後7時)気温を見たら24度であった。根が出るまでは暗いところが良いのかと暗くしてあります。何事も挑戦、芽が出てきたら明るい所に置こうかと考えていますがどうなる事やら!





タバスコ 1ガロン


自分は香辛料が好きで特に辛い物には人一倍強いと思っております。




そこで、どんなに大きいのか興味がわいたので注文したのが、昨日の夕方届きました。賞味期限が23.02.02.となっており、1ガロンは正式には3.785ℓで普通サイズが60㏄ですから63本分になります。




サーどうしたものか?賞味期限内に使いきることが出来るか、流石に不安になりますので、万全を期して半分近くは冷凍保存を考えております。それとも3つに分けて2つを冷凍保存した方が良いかも知れません。





10年前の5月22日掲載のブログを再掲載します。


10年前の5月22日掲載のブログを再掲載します。




5月22日(2012年)




昨日の朝宿泊した旅館の庭から7時35分に、携帯で撮った金環日食。手持ちで写したのでダメかと思いましたが多少ブレたのか、金環がやや太く写っていました。




周りがうす暗くなり気温が下がりましたね。




本日(22日)飛騨古川の料理旅館「蕪水亭」で『翁達磨高橋邦弘氏による蕪水亭蕎麦会』が開かれました。









広島県神石高原町永野の「ながの村そばを楽しむ会」


11年前の5月21日掲載のブログを再掲載します。




5月21日(2011年)




「ながの村そばを楽しむ会」が広島県神石高原町永野で開かれ初めて参加してきました。




参加者は三十余名で指導は全麺協五段(豊平流四段) 横山哲美氏と、全麺協四段(豊平流四段) 山本剛志氏が担当、各自それぞれの打ち方を披露しあいながらの勉強会と成りました。




私は横山五段が推薦した更科に近い粉を生粉打ちで打ち、その後は池宗四段が厨房で作っている「こんにゃく」(そばの灰汁で作る)の手伝いに努め、池宗こんにゃく道場の門下生に成る事が出来ました。




夕刻より池宗氏の「こんにゃく」と、私が持参した島浦産の「アジの干物」「たたっこ」、神石手打ちそば同好会の方が作った手作りの品々を肴に交流懇親会が始まり、楽しいひと時を過ごす事が出来ました。




色々な人と交流をさせて頂き、又それぞれの打ち方を拝見する貴重な体験が出来、有りがたい事だと思っております。









10年前の5月20日掲載のブログを再掲載します。


10年前の5月20日掲載のブログを再掲載します。




11年前(2011年)北海道弟子屈での「新そば祭り」を、旦那さん(高橋邦弘名人)から手伝う様初めて言われてから以後、旦那さん、内弟子さん達と寝食を共に達磨号(蕎麦会関係の道具一式積めるよう改造したバス)で数年に渡り全国を回りました。




20日に泊まった旅館の仲居さんが、旦那さんと僕を見て「ご兄弟ですか」と言われたので、僕はとぼけて「えー」と言い返し「旦那さんを兄貴だ」と言ったことを今でも覚えて居ります。




5月20日(2012年)




2日間開催の「第二回八溝そば街道そばまつり」を終えて、22日飛騨古川の料理旅館「蕪水亭」で開かれる蕎麦会の為、「達磨号」で移動途中宿泊した栃木県佐野市の旅館で出されたビールを見てビックリしました。




日本酒の八海山でビールを出しているとは知りませんでした。




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